そのデータは何で、どれを正とするか
解説約7分で読めます
仕組みが扱うのはデータです。そしてデータの決め事は、作った後から変えにくいものです。画面や文言は後で直せますが、社員を名前で区別してしまった仕組みを、後から番号で区別するように変えるのは、記録の全部を直す作業になります。だから7つの問いの中で、この問いはとくに「作る前に決める」側にあります。7つの論点のうち、正本・マスターとトランザクション・ID・型・履歴の5つはとくに後から直しにくく、置き場と入口・出口は後から変えられます。
この記事は、実務編の3つ目の問いを扱います。「業務は整っているか」で言葉にした業務が、何を記録し、どれを正しいとするかを、7つの論点で順に見ます。設計の手法には降りません。
同じ情報が複数にあるとき、どれを正しいとするか
Section titled “同じ情報が複数にあるとき、どれを正しいとするか”まず決めるのは、正本です。正本とは、同じ情報が複数の場所にあるとき、「食い違ったらこちらが正しい」と決めた一つの記録のことです。
勤怠管理を作ると、出退勤の記録は複数の場所に現れます。打刻した記録、担当者が集計したExcel、給与ソフトに取り込んだ数字。月末に数字が合わなかったとき、どれを直し、どれに合わせるのか。正本を決めていないと、その場その場で「たぶんこちら」と直すことになり、記録の信用がなくなります。
正本は一つに決め、他は正本から作られた写しとして扱います。勤怠なら、打刻の記録を正本にし、集計と給与ソフトへの受け渡しは、正本からいつでも作り直せるようにしておきます。
変わらないものと、日々増えるものを分けているか
Section titled “変わらないものと、日々増えるものを分けているか”データには、めったに変わらないものと、日々増えていくものがあります。前者をマスター、後者をトランザクションと呼びます。
| 種類 | 勤怠管理では | 性質 |
|---|---|---|
| マスター | 社員の一覧(社員番号・氏名・所属・雇用形態) | めったに変わらない。変わるのは入退社・異動・改姓のようなとき |
| トランザクション | 毎日の出退勤の記録、休暇の申請 | 日々増える。過去の分は原則、変えない |
この二つを分けずに、出退勤の記録の一行一行に氏名や所属を書き込む形にすると、社員の所属が変わったとき、過去の記録の所属まで書き換えるか、古い所属のまま残すかで迷います。分けておけば、記録は社員番号だけを持ち、氏名や所属は社員の一覧を見に行く形になります。所属が変わっても、記録は触りません。
名前だけで人や商品を区別してよいか
Section titled “名前だけで人や商品を区別してよいか”社員を氏名で区別すると、同姓同名、結婚による改姓、「髙」と「高」のような表記のゆれで、記録が別人になったり混ざったりします。人や商品には、変わらない番号を振ります。これがIDです。
社員番号があれば、それを使います。なければ、仕組みを作るときに振ります。一度振った番号は、退職しても再利用しません。番号は「その人をずっと指す名札」で、氏名は後から変わってよい表示にすぎない、と分けておきます。商品や取引先も同じで、名前でなく番号で区別します。
日付や金額を、文字として持っていないか
Section titled “日付や金額を、文字として持っていないか”データには型があります。日付として扱うか、時刻や数として扱うか、ただの文字として扱うかの区別のことです。人が見れば同じ日付でも、文字として記録されていると、仕組みにとっては別々の文字列です。型を決めずに文字で持つと、使うたびに人かプログラムが読み解くことになり、読み間違いも起きます。
| 項目 | 文字で持つと | 型で持つと |
|---|---|---|
| 日付 | 「9/1」「2026年9月1日」「令和8年9月1日」が別々の文字列。並べ替えも期間の集計も、そのままではできない | 並べ替え、期間の集計、翌日との差の計算ができる |
| 時刻 | 「9:30」「9時30分」「930」がばらばら。退勤との差が出せない | 退勤との差が、そのまま労働時間になる |
| 数(時間数・金額) | 「8時間」「1,200円」は単位つきの文字。合計できない | 合計や平均が出せる |
AIに頼むとき、「日付は日付の型、時刻は時刻の型、労働時間は数で持って」と一言添えるだけで、この落とし穴の多くは避けられます。
変更前の情報を残す必要はないか
Section titled “変更前の情報を残す必要はないか”記録を直したとき、直す前の値と、誰がいつ直したかを残すかどうか。これが履歴です。
出退勤の記録は、後から問われることがあります。退勤を押し忘れて翌朝に押してしまった、というような誤りを申請で直したとき、元の値を上書きして消してしまうと、「本当は何時だったのか」「誰がいつ直したのか」が分からなくなります。労働時間の記録のように、会社として説明できなければならないデータは、上書きせず、直した履歴を残します。逆に、会議室の予約のように、直したら前の値は要らないデータもあります。データごとに、履歴が要るかを決めます。
データはどこに置くか
Section titled “データはどこに置くか”置き場は3つに分かれます。人が直接開いて使うスプレッドシート、プログラムを通して出し入れするデータベース、既製サービスの中です。どれが正解ということはなく、業務の性質と、扱う人で決まります。
| 置き場 | 向く場面 | 気をつけること |
|---|---|---|
| スプレッドシート | 人が直接見て直したい。行数が少なく、同時に触る人も少ない | 開ける人は誰でも直せる=誰でも壊せる。行が増えると重くなり、直接触る人が増えるほど、消す・ずらすといった事故が起きやすい |
| データベース | 行数が多い。複数の人が同時に使う。プログラムからしか触らせたくない | 人が直接見るには画面が要る。誤操作や同時の書き込みには強いが、設定と壊れたときの復元は自分で確かめにくく、迷ったら専門家に |
| 既製サービスの中 | 業務用の既製サービス(月額で使うインターネット上のサービス=SaaS)にデータを持たせ、仕組みはその周りに作る | そのサービスの中に閉じる。取り出せる形で出せるかを先に確かめる |
社員数十人の勤怠管理なら、最初はスプレッドシートで足りることが多くあります。ただし、社員全員が直接開いて書き込む形にはしません。記録はプログラムを通して書き込み、直接開けるのは担当者だけにします。こうしておけば、上の表の「誰でも壊せる」を避けられます。誰が見て、誰が変えてよいかは「誰に何を見せ、何をさせてよいか」で決めます。行数と同時に使う人が増えたら、データベースへ移します。移すことを見越して、正本・マスターとトランザクション・ID・型・履歴を先に決めておけば、置き場を変えるときも記録の形はそのまま持ち越せます。バックアップと復元は「壊れたら、間違えたら、変えるとき、どうするか」で扱います。
そのデータはどこから来て、どこへ行くか
Section titled “そのデータはどこから来て、どこへ行くか”最後に、仕組みの外との境界です。勤怠の記録は、社員の一覧を人事の台帳から受け取り、集計の結果を給与ソフトへ渡します。入口と出口を決めておかないと、給与ソフトが受け取れる形になっていなかった、社員の一覧が二重に管理されていた、という手戻りになります。社員の一覧の正本を人事の台帳にするか、この仕組みにするかも、ここで決めます。
出口は、相手が受け取れる形で出せることを先に確かめます。多くの業務ソフトは、CSV(表をカンマ区切りの文字にした形式。基本編の「表をテキストで渡す」で扱いました)で取り込めます。ただし、列の並びや項目名、日付の書き方は、受け取るソフトごとに決まっています。給与ソフトの取り込み形式を先に確かめ、「この形式のCSVで書き出せるようにして」と頼んでおくと、手戻りが減ります。
つまずきやすいところ
Section titled “つまずきやすいところ”- 画面から作り始める。 AIに頼むと画面はすぐ形になりますが、順番はデータが先、画面が後です。
- 今のExcelをそのまま写す。 人が見やすいように作った表は、氏名や所属が毎行に書かれ、日付が文字で入っていることが多くあります。仕組みにするときは、マスターとトランザクションを分け、IDと型を入れて作り直します。
- AIの作った形をそのまま受け入れる。 AIは頼まれた業務のデータの形を、それらしく作ります。ただ、正本をどれにするか、履歴が要るかは、自社の事情です。ここで挙げた7つの論点を、頼む前に決めて渡します。
データの決め事は、後から変えにくいものから先に決めます。正本を一つに決め、マスターとトランザクションを分け、名前でなく番号で区別し、日付と数は型で持ち、履歴が要るかを決めます。この5つは、後から直すと記録の全部に手が入るので、作る前に決めます。置き場と入口・出口は後から変えられますが、先に決めておけば手戻りが減ります。この7つが決まっていれば、AIに渡すデータの指示は具体的になります。
データが決まったら、次はそれを誰に見せ、誰に変えさせてよいかです。「誰に何を見せ、何をさせてよいか」で扱います。
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最終点検: 2026年9月6日
出典: さとりのしょ — https://satorinosho.jp/practice/source-of-truth/